踵骨折の手術

私は主治医の説明を聞いて、手術を受ける方を選択したのだが、手術に際しては色々な問題が起こるものである。私にとってオペ室に入る様な手術は人生で始めてであり、貴重な経験ではあったが、苦悩も多かった。

手術は今日の15時からである。腰椎への麻酔注射による下半身麻酔で手術を行うことになった。下半身麻酔にはやはりリスクが伴う。最近は麻酔によるトラブルも減ったとは言え、まだまだ色々なトラブルに遭遇することが言われており、必ず手術前に同意書を書かなくてはならない。

お昼過ぎてからの手術だというのに、麻酔のために朝から絶食である。自律神経失調症の薬も飲めない。しかし気分的には落ち着いていてそれほど不安は無い。皆が食べている朝食、昼食が羨ましい。入院患者の楽しみと言えば食事くらいなものだ。あとはナースとの他愛の無い話と、患者同士の会話くらいか。

手術が近くなって来たので、ルート確保という作業をするらしい。なんのこっちゃ?と思いながらナースの話を聞いていると、どうやら点滴の針を血管に入れて外れないようにして、生理食塩水を落としておくことをそういうらしい。本当のところはどうか分からないが、多分そんな感じだ。

当日の部屋の担当ナースが、妙に慎重に点滴の針を肘の内側に付けてくれた。このナースとはそこそこ話が出来るので、リラックスして針を入れるのを待つことが出来た。最近の点滴針は細く柔らかいので、昔ほど痛くは無いのだそうだ。それでもやっぱりチクッと痛いのだが、 一発で決めてくれたので凄く楽だった。針に繋がった管にはコックがついており、手術後も数日抗生物質の点滴を投与する為、針を取り付けたままにするのだそうだ。それで念入りに管を固定してくれた。その仕上がりを見て、この病院に運ばれてきた時に手首に点滴の針を付けたメガネっ娘ナースを思い出した。やっぱあの時血だらけにされたのは慣れてなかったんだな。このナースへの信頼が一気に高まった。多少管を引っ張っても針に力がかからないようにわざわざ管をUターンさせてから固定してくれているのだ。

オペ着と呼ばれるちょっと変な服に着替えするように言われた。パンツだけ履いていて、シャツは脱いでおくようにとのこと。オペ着は横になった状態でも脱がす事が出来る特殊な構造になっている。

担当ナースは、手術前になるとソワソワして先輩と思われるナースに色々相談していた。見た目はその先輩ナースの方が幼い顔をしているから、どっちが年上やねんと思ったのだが、何時も冷静な表情でちょっと恐い感じだ。でも笑うとメチャクチャ可愛いというのを知っている。滅多に笑わないみたいだが。

「オペ出し始めます」とナースが言い出した。私の場合は足なので点滴スタンドを転がしながら車いすでオペ室に向かう。ナースが二人後ろから押してくれて、よく分からないが初めて通る場所に来た。この病院にこんなところがあったのか。知らなかった。オペ室に通じる踊り場で少し待つ事になった。

そしたら急に小便をしたくなった。マジかよ?と思いながらナースに「おしっこしたくなった」と言うと、担当ナースがどうしようとソワソワして、先輩ナースに相談したら、すぐ脇にトイレがある事がわかった(笑 点滴が繋がったまま片足で立ってドアを開けっ放しで(仕方ないジャン)用をたした。どうやら担当ナースはまだこの病院歴が浅いらしい。

暫く待っていたら、マスクをしたスタッフが数人待っていてくれてストレッチャーが運ばれてきた。スタッフが数人集まった。ザワザワし始めた。私は寝たきりでは無いから、片足と腕でストレッチャーに自分で乗り移った。なんだかちょっと緊張してきた。ナースが「よろしくお願いします」と私をストレッチャーごと引き渡した。ドアが閉まった。空気が変わった。

マスクをしたオペスタッフは、目しか分からないが年齢は様々。殆どが女性スタッフだった。オペ室に入ると広い部屋の真ん中に不思議な形の台と沢山の器具やモニターが並べられている。もちろん天井側には照明器具がいくつもあり、その場は特殊な空間だと瞬時に悟った。 

ストレッチャーからオペ台にゴロンと転がる様にして移った。そしてオペ着の背中を脱がされ、腰椎に麻酔をうつ時が来た。「身体を丸くかがめて」と言われてぐっとお腹をまるめた。「チクッとするけど我慢してね」と言われて覚悟をしたが、想像していた程は痛くなかった。暫くすると足が暖かくなってきた。仰向けになるように言われそれに従う。そして濡れたガーゼか何かで「これは冷たいですか?」と左足と右足に触れて感覚をチェックされた。右足は触れられているのは分かるが、温度は分からない時点で、私の場合は踵を手術するので、うつぶせで寝るように言われた。目の前には心拍モニターや血圧計などが並んでいて、それを操作する女性が居た。

じわっと下半身の感覚が鈍くなってきた。触られているのが殆ど分からなくなってきた。ドクターが女性スタッフと色々準備を始めている間、向かいに居る計器を監視しているスタッフにちょっと質問した。点滴に新しい管が接続されて、注射器のような薬品を自動的に押していく様な装置が接続されていたからだ。これが何なのか知りたくて訪ねてみたら、「うつぶせで1時間はしんどいですから眠くなる薬を点滴と一緒に入れますね。ちょと痛いですから我慢して下さいね」という。なるほどそういうものなのか..と思った次の瞬間、点滴の針を刺している左腕にズーンとする激痛が走った、痛いっ痛いっマジに痛いっ、腰椎の麻酔注射なんかよりずっと痛い!と思ったら次の瞬間には気を失ってしまったようだ。

点滴のルート確保とはこういうものだったのか。この担当に命預けてるんだなと後で悟った。

「終わりましたよー」という声に気づいて目覚めると仰向けにストレッチャーで寝ていた。見事に睡眠の薬で眠らされていたって訳だ。足は痛むどころか、下半身の感覚が全く無い。病室のベッドに戻るとナースや男性スタッフが集まってきて、下に敷いてあるマットごとベッドに移された。自分で動こうにも動けないのだ。

ナースから簡単な注意があった。要するに大人しくしとけって事だ。

  • 麻酔が切れる明日の朝までは絶食で水分も取ってはいけない
  • 極力動いてはいけない(麻酔の後遺症で頭痛がする)

下半身が肉のかたまりの様に重く、おしりの辺りを触ってみてもプニュプニュで自分の身体とは思えない。麻酔が完全に効いている証拠だ。動こうにも動ける訳がない。下半身が不随になったらこんな事になるのかとぞっとした。障害を抱えている人の苦労が少し想像出来た。

時計を見てみたらオペ出しの時間から丁度1時間位であった。案外時間経ってないんだな。ってことは手術はあっさり終わったって事か。麻酔とかの準備段階で結構時間食ってたからな。

暫くすると妙なことに気づいた。下腹部に鈍痛があるのだ。なんか覚えのある痛みなんだけどな..分からないので我慢していた。かみさんと、お義母さんが見舞いに来てくれていたので、他愛の無い話をしていたりした。

時間の経過と共に同じ痛みを感じた経験が有る事の確信をつかんだ。子供の頃ボール遊びなんかをしていて、股間に直撃を食らった時に感じた痛みである。キンタマを強打した時の痛みと言えば分かるだろうか。この痛みは女性にはわからないだろうな。そうは言っても痛いもんは痛いから、ナースコールして痛みを訴える。ところが来たナースはオペ出しの時とは違うナースであった。そうか夜勤に交代してんのか。

この悪魔のナースと明日の朝まで付き合う事になろうとは、この時は想像もしていなかった。


この日記は入院中のメモを元に後から書き起こしたものです。
2007/08/28

 

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