以前、心身症を繰り返さない仕事の仕方について自分が意識している事を記しましたが、もうちょっと詰めた内容に触れておこうと思います。
うつ病とか自律神経失調症とか、ストレスが原因となる傷病の辛さを知っているのでそういう悩みを持つ仲間を少しでも減らしたいという思いです。
ジコチュー(自己中心的)な思考は慣れの問題
基本的に人間は自己中心的な存在だと断言して良いと思います。生まれたての赤ん坊は、腹が減った時、眠い時、うんこしょんべんしてオムツが気持ち悪い時など、泣きたい時に泣きます。
これを自己中心的な行動というには語弊があるかも知れませんが、人間は生まれながらにして自分の主張をする生き物です。
例えば、我が家ではペット(インコ)を飼っていますが奴らは好き放題気ままに生きています。でも全てのインコは性格や習性が違います。人懐っこいのも居れば、身体に触れられることを嫌がるのも居ます。大人しいインコもいれば、餌箱に入って足で餌をかき混ぜてそこいら中に飛び散らかす癇癪持ちもいます。これは間違いなく個性でしょう。
人間にも同じ個性があって当然なのですが、幼稚園や保育園、学校教育によって集団における立ち振舞を学習し、自己を抑制したりする術を覚えます。日本の教育においては、いわゆる「良い子ちゃん」が良しとされるので、個の欲求を抑制して大人しく秩序有る行動を要求されますし、子供の頃は大人に評価される事を無意識に行動として取っ手しまいます。
しかし、個性は生まれながらに持っているものなので、教育を受けてもそれに従えないわがままな子供も居ます。先生からいつも怒られていたり、決まりを守れない子供もいます。集団行動に馴染めず乱暴を働いたり、孤立して一人ぼっちで行動することを好む子もいます。
しかし、本来の人間は、個の個性を持っているわけですから、集団活動に馴染めない子供が悪いというのは間違っていると私は思っています。むしろこういう子供達の方が大人になってからも好きに生きられるので、自分のしたいことをして生きているという傾向が強いと感じます。金を稼ぐのも(法律に違反してとかも込みで)こういう人が上手かったりします。
逆に言えば義務教育における躾によって、個性はかき消され(抑制させられ)、社会でこき使われるロボットちゃんを育成していると今は思っています。私自身は子供の頃から「ききわけが良かった」と親、親族から言われるので、このロボットちゃん育成カリキュラムにまんまと嵌められた、人生を損する生き方をしたと思っています。
大人ってなんだ?子供が単に年齢を重ねただけじゃ?
子供と大人の差ってなんだろう?と考えることがあります。我が家には自分達の子供がいないので、客観的に観ることが出来るからです。
極端に言えば、大人は子供がそのまま大きくなっただけの長く生きている人間に過ぎないと思います。子供の頃からわがままで協調性の無かったヤツは、大抵オトナになってもそのままですし、子供の頃から大人しくて人の為に生きているヤツは、やっぱりオトナになってからもそういう生き方をしています。
但し例外もあることは実際に見ています。
自分改革は可能
高等教育や、就職した後の訓練等で自分改革を進めた人は、人が変わったという位に変貌を遂げている人もいます。宗教的なこともこの点では大きく関わっていると思います。これが良い方向に出ているのならその人は幸せだと思います。
自分を変えたいと考え、それを実行した人もいると思います。自己啓発セミナーとか昔流行ったのを思い出しますが、そういう機会を使ってでも自分を見つめ直して積極的な(自己欲求第一主義的な)生き方を覚えた人は、人生においてもきっと充実した生活を送れるんじゃないでしょうかね。
先に記した事と冗長しますが、人間は生まれながらにして持ってきた個性があります。その個性を活かせる生き方が出来なければ、もしかしたら不幸が待っているかも知れません。皮肉なことに日本の義務教育はこの個性を消す(抑制させる)教育が多かったと思います(現在の教育の実情は知りません)。一度作られた殻は自分で破らないといけないのです。面倒な教育をしてくれたものです。
失った物は戻らない
私がこの事に気づいたのは30代後半ですから、人生の半分近くを損した生き方をして来ました。自分のやりかたと違うと思った仕事でも我慢してやりましたし、自分が我慢すれば良いんだと無意識にそういう半生を送ってきました。
でもその自己抑制(ストレス)はいずれ破綻をもたらします。私はそれで自律神経失調症(心身症)を発症し、5年以上の時間を無駄に過ごすことになりました。今現在も完全回復には至っておらず心療内科医から処方される薬を服用しています。一度壊した心身はなかなか元通りには戻りません。
もちろん過ぎ去った人生は取り戻せません。あの頃にこうしておけば良かったと後悔しても取り返せないのは当たり前です。後悔してもそれは無駄なのです。だからこそ少しでも早く、自我に気づいて開放してやることが必要だと思います。
もっとワガママに生きて良いと思うよ
一言で言えば、もっとわがままに生きて良いと思います。
この記事を読んでいる人はほぼ間違いなく。うつ病やら自律神経失調症やら、ストレスが原因の傷病で悩んでいる人だと思いますから断言しておきます。自分にとってわがままのレベルは、周囲に居るワガママな人と比べてどうでしょう?周囲には呆れる程のワガママ(自己中)な人が沢山いませんか?きっとそういう人達から受けたストレスが自身に蓄積しているのです。ワガママにはワガママ(自己主張、拒否、拒絶)で対抗するしかありません。
格闘ゲームで例えれば、確実にダメージを蓄積させられている様なもので、ヘルスポイントを失って行き、いずれゲームオーバー(LOSE)です。
利用されるのはまっぴらごめん
さて、日本の社会において、会社等を経営して、従業員を雇っている立場、つまり経営者のパーセンテージはどれくらいだと思いますか?私がざっくり調べたところ、経営者として成功している人は、たったの1%です。
残りの99%は従業員(社員)として雇用される側、つまり使われる側の立場になります。与えられる給料と仕事が見合っているのならそれも悪くないかも知れません。実際、人を雇用してビジネスを行うには、想像以上の労力が必要だと傍で見てきたので自分が経営者になることは今は考えていません。
でも想像してみることはできますよね?ちょっと想像してみて欲しいのですが、自分が経営者(社長)だったとしたら、指示された事を素直に実行する従業員(イエスマン)と、なんだかんだ反抗してくる従業員のどちらが扱いやすいと思いますか?そりゃ素直に言う事を聞く従業員の方が動かしやすいですよね。
あなたはどっちの従業員ですか?(でしたか?)
私は、自分の主張を抑えて指示に従う側の従業員でした。要するに使いやすい従業員だった訳です。給与面でも昇給を要求したこともありませんでした。人事評価システムがある会社でも中々評価される事はありません。そもそも経営者側の視点からすれば、経費(人件費)はなるだけ抑えたいのですから、必要以上に昇給させることは控えたいと考えて当然です。
結局、扱いやすい従業員として利用されてきたという事に気づきます。
この社会においては、利用する側と、利用される側の立場があります。ただし利用される側にも、正当な報酬を得て納得した上で(Win-Winな立場で)お互いが利用して利用されるという立場もあります。残念なことにこの理想的な立場はほとんどありません。なぜなら対等な立場(=)で理想的な雇用を行える程の健全な企業は稀だからです。
結局、経営者(>)従業員という不利な立場で働く事になり、差分は会社の利益、もしくは経営者の収入として吸い上げられる事になります。残念ですが資本主義社会においては、弱肉強食です。これについてはどうしようもありません。
弱肉強食の実例
自分の為にも事例を記しておきます。後で自分の考えを振り返れます。
生きていると面倒な病気にかかったりすることもあります。例えば癌(ガン)は今でこそ不治の病ではなくなりましたが、非常に難しい病気であることは間違いありません。高度な医療を受けることが出来れば、癌を治療することも不可能ではありません。
しかし、その高度な癌治療を受ける為には、お金(銭)が要ります。つまり自分の健康、命を維持する為にはお金が必要なのです。資本主義社会においてはこの原理は変わらないです。言い換えるとお金で自分の健康と命を買うことが出来る人、そうでない人とに別れます。
病気や交通事故で日々死亡する人もいます。世界中で人が一人も死なない日はあり得ません。人の死は悲しい出来事として言われますし、命ほど重いものは無いという表現をされることがあります。しかしそれって本当でしょうか?
人の命がこの世で一番重いものだと本気で思っているのなら、例えば癌患者は、最先端の高額な治療を受けられることが当たり前だと思います。しかし現実は、最先端の治療を受ける為には莫大な医療費がかかりますし、その時の為に生命保険会社は保険金を集めて商売をしています。結局は人の命を金でやりとりしているのが現実です。極端な表現になっているかも知れませんが、間違ったことは記しているつもりはありません。
戦争の兵器
先日、アメリカがシリアを攻撃したと言う報道がされて世界情勢がざわついています。北朝鮮とアメリカが衝突することも危機として存在しています。中国や北朝鮮がアメリカを攻撃するとなると、日本のアメリカ軍基地が標的となる可能性は非常に高いです。しかしマスコミの多くはこれを報道していません。
戦争兵器で相手国を攻撃するとなると、巻き添えになって死ぬ人もかなりの数発生するでしょう。本当に人の命がこの世で一番重いという意識があるのなら、相手国の人を攻撃して殺すということは出来ないハズです。しかし現実として自分側の利益を守るために相手を攻撃すると、お互いが思っている訳です。
私は日本人に生まれた事を誇りに思っていますが、右翼思想でも左翼思想でもありません。現実を知って現実に起こることから見を守りたいですし、家族や知り合いも大切に思っています。だから中立的な見方をしているつもりです。
戦争に突入する、これこそお互いが自己中心的な主張をしているから起こる衝突でしょう。つまり、義務教育がどうとか、社会での規範とか、そんな理想を掲げても、結局は利己主義のぶつかり合い、これが人間の本性の根本だと思うのです。
結局何が言いたいのか?
結論は先に記していますが、やっぱり自分の欲求にはきちんと向き合ってやる必要があるという事を言いたいのです。
「この仕事はやりたくないな」と思う場面があったとします。なぜその仕事をやりたくないのか?面倒くさいからか?もっと良い仕事の方法があるからアプローチを変えたいのか?利益が出ないからやりたくないのか?タダ働きだからやりたくないのか?
問題にきちんと向き合って、それが理不尽だと思ったら、上司に意見(主張)することは大切です。そうしなければ自分がダメージを受けます。
もし気分が乗らないとか、本当に自分本位(ジコチュー)な考えでその仕事をしたくないというのであれば、自分が折れるしか無いのかも知れませんが、そういう人はこの記事を読んでいないと断言します。
だからきっと何かアクションを起こす必要があると思います。それをそのままにしてダメージを蓄積して来たから、うつ病やらストレスやらの面倒くさいことで悩む事になっていると思うのです。
嫌なら仕事なんてやめちゃえば良いです。転職すればまた違う仕事や人間関係が築けます。それを面倒と思うなら難しいですが、気持ちの切り替え次第です。今最悪ならそれよりも悪くなることは無いです。最悪から脱出する為にはちょっとした行動を起こすしかないのです。
自分がこうしたいと思う気持ちを大切にしたいですね。
もちろん、そう思った時に行動に移せる準備をして置くことも大切です。スキルを身につける、資格を取得する。そうして幅を持つことによって、転職も楽勝で行える様になるからです。
もちろん積んできた経験や実績も大切です。資格があっても仕事が出来ない人は沢山存在します。でも資格(ライセンス)第一主義なのが社会の常です。私も資格をもっと取っておけばと後悔していますし、これからコツコツ資格を取ろうと思っています。そしてアピール力もどんどん身につけようと思います。企業の人事採用のスタンスをみると実務経験、即戦力を資格の次に求めています。資格が無くとも実務経験次第では転職も可能だと思われます。
会社の人事採用担当者によっては資格第一主義だったりしますが、そういう会社は「資格保有者が仕事は出来ない癖に大きな顔をしている」事が多いです。そしてそういう「自己主張が激しい仕事出来ないさん」が高額な給与を得ているという実態も多いですね。声が小さい人が損するのは世の常です。
そういう会社への転職はむしろ不採用の方が幸せですから採用試験に落ちてもラッキーです。そういう空気を感じ取ったら辞退する勇気も必要ですね。
私自身としては、資格もきっちり取得して、仕事もきっちりこなせ、それに見合う報酬(給与)も得られる会社員が理想で目標です。もしくはスキルで勝負出来るフリーランス(個人事業主)が理想かな。でも技術をお金に変えるのがどうも下手なので自営業はあんまり向いていません。
こうして文章にすることでも自分の考えがまとまって来て良い感じです。



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