もし私が中学生の頃に今と同じインターネット環境があったなら~若い頃の自分に教えてやりたいこと

以前、ブログにアフィリエイトを設置して公告収入で運営することを題材にエントリーを記しましたが、大人でもサラリーマン生活しか経験した事が無い人は、給与所得以外の方法で稼ぐということを知らない人が多く、またそういう人にアフィリエイトを教えても「やってみたい」とは言うものの実際に行動に起こす人は周囲にいません。

なかなかもったいない事だと思うし、もしサラリーマンとしての仕事がなくなった場合(解雇されたとか)、どうやって食っていく?少しでも稼ぐ方法を考えるしかありません。しかし自営業とかの経験が無いとおそらく方法がわからないと思います。どうしたら良いかわからなくて途方に暮れると思います。

実際私自身も社会人になってサラリーマン生活をずっとしていて、体を壊して退職してグズグズし、万全ではない体調ながら働ける仕事を探してパートタイムで働くところから再開しました。就職は学校に来ていた求人票から選んだので求職活動の経験はありませんでしたから最初は戸惑いました。だけど一度通ると良い経験になり転職は大した問題では無いと思える様になりました。

その後パートタイムで働いていたのですが、実態は残業もあったりで「フルタイムで出てくれ」、「正社員になってくれ」と要求が増えてきて正社員に変更。断りきれず数年正社員で働いたのですが悪い癖で頑張り過ぎてしまって2度めの体調不良をやってしまいました。

そこからマイペースで働けるフリーランス(自営業)として、自分が身につけて来たスキルで食っていく方法を探しつつ、人脈のおかげもあって仕事の依頼を受けることが出来てなんとかやっていた時期がありました。その時に電気工事に関わる仕事も経験して不思議なことに現在の仕事にもつながっています。

今思えば転職って凄く貴重な経験だったんだなと思います。働く(お金を稼ぐ)ということについて考え方が変わりましたからね。それが30才を過ぎてからだったので世の中の厳しさと仕組みを知るのが遅かったと思いますよ。結婚も既にしてたし・・

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宿泊先にLinuxでPC環境を整える事にした~用途を限定するならストレスが少ない方が良いに決まっている

仕事先のプライベートな環境で、不便を強いられるWindowsはパスし自由なdebian GNU/Linuxを採用することにしました。なかなか快適です。

余談:経緯を記しておく

現在、自宅がある高知市の会社で働いていますが、仕事の関係で高知市から車で片道2時間の四万十市で働いています。ウィークデーは四万十市で仕事をして(宿舎あり)金曜日の夜に車で自宅に帰ってきて、日曜日の晩にまた四万十市へ移動して翌週の仕事に備えるという感じの移動生活をしています。片道2時間かかるので毎週4時間を移動に費やしています。この4時間は結構もったいないです。

この仕事に携わる様になった当初は、半年だけという約束で受けたのですが、人員不足が理由で既に3年半経過しました。多少の手当は会社から出ますが、移動の為に中古の軽自動車も購入したのでガソリン代、車検代、その他消耗品等の維持費を考えると何の為に時間と体力を消耗して働いているのか疑問に思えています。

それ以前は原付きで10分の会社に通うだけだったので車も所有しておらず、給与面で安くても無駄な車の維持費はかからず、自分の時間はある程度確保出来ていました。今はしんどいだけでメリットの無い仕事をしていて消耗しちゃっている状態です。転居の際に趣味であった車を手放してからは車がいかに無駄金のかかるものかを痛感したものです。(車は金を産まない用途なら完全に財布の穴です。)

しかし、不平不満を言っても始まりませんし、置かれている環境を整えていくしかありません。夜の移動なので車は必須です。根本的に今の環境がダメなら転職すれば良いでしょうし、それ以外の理由で不満があるのなら改善する方法を考えて手を打つのがベターです。

半年だけだという事だったので、仕事先の宿舎ではネット環境が無い等の不便さは我慢する事にしていましたが、ズルズルと引き伸ばされていることから、限界だなと感じて11月にWiMAXを契約してネット接続環境を手に入れました。これによってかなり不便だった部分が改善されました。当然通信費用はかかるので出費となります。それなら出費に見合うだけの価値を生むしかありません。現状に不満はありますが不満を垂れても何も生まれないし、それならば自分の環境を工夫して行くことは致し方ない事だと思っています。

余談が長くなってしまいましたが、WiMAXによるネット環境を手に入れた事により、仕事先の宿舎で無駄に面白くも無いテレビを見たりして過ごしていた無駄な時間を有効活用する事にしました。無駄にテレビを見て過ごした時間すら今は惜しいです。今はTVを見ることは無いのでコンセントも引っこ抜いています。

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Linux万歳なタイトルですが私はBSD育ちです~元MacintoshユーザーがWindowsを使ってPC-UNIXに辿り着いた道

まだ「さくらVPS」の障害を完全復旧させることは出来ていませんが、もう全部復元しなくても良いかなと、気持ちに変化が出てきたのでどこまで元と同じ構成にするかちょっと考えています。必要なものだけ再構築すれば良いんじゃないかと思うのです。失ったものは取り返せないし。

私がさくらVPSを使うまでの経緯

どこまで遡るか困ってしまいますが、FreeBSDでPC-UNIXを覚えた私は、FreeBSDを古いノートパソコンでWebサーバーに仕立てて長年使っていました。そのノートパソコンはCPUがIntelの486DX位ののどかな時代のものでしたが、3年以上トラブル無く動いてくれました。FreeBSDは驚異的な安定性を持つサーバーOSだという事を身を持って体験した私は、UNIXにどっぷりはまっていきます。冷却ファンも無い様なレトロなノートパソコンだった事もありますが動作も静かで古き良き時代だったなと思います。

その次に使ったのがLinuxです。当時Redhat系のベンダー資格を取得する学習をしたりしたので、Redhat系の軽い奴が良いなと、Vinelinuxを使ってWindows98SE辺りが動いていたCeleronのデスクトップパソコンをWebサーバーにしました。マシンパワーに余力が出来たのでSQLサーバーとしても使い、出始めたばかりのブログシステム「MovableType」を使ってブログという仕組みを覚えました。ブログシステムの登場は画期的だったと記憶しています。

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