押見修造氏の作品を読んだ~「惡の華」は紹介しとかにゃらなん作品でしょ

小学生の頃からマンガを読むが好きです。私にとってのマンガは、ストーリーはもちろん大切なのですが、その世界に真っ直ぐ誘ってくれる絵が本当に重要です。だから小説ではダメなのです。小説は私が自分の頭の中で描くイメージと作者の描くイメージのズレがある事に気づくと一気に読む気力が無くなります。もう少し適切な表現をすればイメージのズレを修正するのに途方も無い労力が必要なのです。つまり小説は作者(作品)との相性が難しいのです。

相性があると思う

マンガはとりあえず「絵(画)」で目星を付けられるので強みです。イメージがズレていても直ぐに次のコマで修正されこれが一コマ一コマ続けられます。つまり作者の意図が伝わりやすく、感性が合わない作品は早々に見た目でパスできるのがメリットです。実際、かなり評判で優秀な作品と評価される漫画でも私には合わないものが結構あります。

例えば

  • ドラゴンボール
  • ワンピース
  • 進撃の巨人

上記の作品も頑張って読んでみたのですが断念しました。絵になっているモノ(世界観とか)が合わないので、読み手である自分が修正しようと頑張るのですが、どうしてもその世界観に入れず読むのに疲れ果てます・・

作者の描いたイメージがそのまま漫画では絵(画)になるのが、最大の強みだと思います。アニメは音も組み合わされますし、実写は順リアルですから究極形だと思います。だからこそ合う合わないはあるのでしょう。小説はその見極めに時間が掛かり過ぎます。

漫画に親しんだ幼少期

ウチのオヤジは料理人で小さな店を経営していたのですが、店が空いている時間にはオヤジの店に入り浸ってマンガを読み放題でした。マンガを読み始めた頃の記憶はハッキリしませんが、コロコロコミックとか買ってもらった記憶があるので、小学生低学年頃からじゃないかと思います。

オヤジの店には、多くの単行本に加え、子供でも読める雑誌としては、ジャンプ、サンデー、マガジンがあって、それは毎週発刊されるので楽しみにしていたのを思い出します。チャンピオンは私の中では格下だったので(絵が雑な作品が多かった)、仕方なく読むかなという感じで私の定番は三冊でした。

他にも角が丸いタイプの雑誌があった記憶がありますが、子供の頃は内容が難しくて読んでいませんでした。大人向けの雑誌の中に子供でも理解できるマンガ(釣りバカ日誌とか)があってそういうのをつまみ食いしていたと思います。

あと、月刊マガジンとか分厚いのも月一で入ってくるので、これも楽しみにしていた記憶があります。

私はマンガを読み始めると世界に入ってしまい、周囲の声が聞こえなくなるタイプでした。それで話を聞いてないと叱られることもありましたが、うちの親はそういう私の性格を呆れていたのと、集中力を認めてくれていたのかも知れません。

オヤジは料理の仕込みが終わりヒマになると、「何か食うか?」とか声をかけてくれてリクエストするとちゃっちゃと作ってくれました。小さな田舎町の普通の飲食店でしたが、オヤジが作る料理は恐らくかなりレベルの高いものだったと思います。(後に就職して東京に出てからそれに気付きました。この話はまた別途記すかも知れません。)

押見氏の作品

以前から、「惡の華」は読もうと思っていたのですが、プンプンと香ってくるダークな匂いがして読むのを先送りにしていたのは確かだと思います。ロトスコープという手法によってアニメ化された事ももちろん知っていましたが、やはりアニメ版を見るのも先送りにしました。

私にとっての押見修造作品は、最近、何気なく読んだ「ぼくは麻理のなか」という作品が入り口でした。エロなのか?と思いつつも違う空気を感じながら、重苦しい世界観、だけど目を背けられない何かを感じながら読み進めました。

ぼくは麻理のなか : 7 (アクションコミックス)

ぼくは麻理のなか : 7 (アクションコミックス)

個人的に好きな絵なのかと問われれば、さほど好きな絵では無いのですが、読んでいると非常に繊細な絵が描かれている事に気づきます。特にキャラクターの表情にそれが込められていて、台詞では無く絵で読ませる力があります。これが(小説ではなく)マンガでなくてはならない理由だし、その実力を存分に持っている作者(漫画家)なんだなと気づきます。

押し付けの強い作品ではなく、自発的に考えさせられる力があると私は感じます。決して台詞は多くないですが、絵が訴えかけてくる力を持っているのです。否応なしに自分自身に問いかけている自分がいます。

人生そこそこやってると既に忘れてしまった過去の記憶とかがありますが、押見作品の不思議なところは、そういうずっと昔の事を思い出させる力というか魔力というかそういうものが働くと感じます。実際、私自身、思い出すことも無かった記憶がいくつか蘇ってきて、そういえばあんな事あったなぁ・・いつだっけ?という体験をしました。

この作品と無関係な自分の体験が、押見氏の作品を読む事によって蘇るのは何とも不思議です。きっと普段使わない脳の記憶の鍵を刺激されているんだと思います。映像ってぼんやりとだけど凄く昔の事でも覚えているものだなと思いました。

この、「ぼくは麻理のなか」を読んだ事によって(まだ連載中・・続きを読みたい)、押見修造作品を読みたくなってしまいました。そして既に完結している「惡の華」に容易にたどり着きます。この人の作品だったのか。

惡の華

惡の華の原作で私が好きなキャラクターはやはり「仲村佐和」です。発刊当時にどこかでみた「うっせークソムシが」は強烈なインパクトがあります。作品を読んでいてもやはりこの強烈なキャラクターには、嫌悪感を通り越した何とも言えない魅力を感じます。そして読み進めるにしたがってチラホラと彼女が抱えている心のダークな部分と素直な部分が見えてきて、益々魅力的に思えてきます。

しかし、押見氏の描く作品は単純ではありません。ヒロイン的ポジションの「佐伯奈々子」も控えめな立場から強烈な魅力を出し始めます。もちろん主人公の「春日高男」も同様です。加速的にこの作品の世界に引きこまれていきます。

原作(マンガ)は中学生の時を描いた部分、高校生の時を描いた部分とに分かれます。中学生の時を描いたストーリーのラストは強烈な力を感じて(破綻する寸前)、この作品を生み出した押見氏は当時どれだけの力をこの作品に注ぎ込んだんだろうなと言う疑問を持ちました。言うなればたかがマンガ(作り話)にです。

でも何もないところからここまでの作品を生み出したとしたらそれは凄いことだし、もし作者の体験から身を削る様な思いをしてこの作品を作ったとしたなら、それは凄く苦しくて疲弊する作業だっただろうなと思います。少なくともお気楽に作られたフィクション作品とは思えないのです。

私も、ハッキリ思い出せないし、こういう強烈な体験は私には無かったと思いますが、それでもチラホラと何か思い出しそうな、過去に経験した事がある様な、妙な感覚にさせられる事を感じます。その感覚は読んでいるだけなのに苦痛です。でも嫌じゃない苦痛だから不思議です。きっと絶妙なバランスの上に成り立っているのでしょう。

読んで欲しい対象者

ある程度の人生経験を積んだ人に読んで欲しいですし、そうでなければこの作品はただの暗い作品としか感じられないと思いますから読めないと思います。「惡の華」を読むまでは思い出すことも無かった遠い過去の記憶が断片的に蘇って来ました。そういう感覚を味わってみたい人がいたら是非読んでみて欲しいです。何か自分の体験やら記憶やらを刺激してくれると思います。それがキッカケでえらいことになっても責任は持てませんが・・

もちろん私がそうであったからと言って読む人全てにそういう感覚が起きるかは分からないですが、少なくともただのダークなストーリーでは無く、心の奥底に触れてくる力を持った、ある意味問題作だと思います。

普段、思い出す事もありませんでしたが、小学生、中学生、高校生であった頃の自分、そして同級生、仲の良かった友達。同級生にいたっては名前も思い出せない人が多いですが、少しずつ、少しずつ思い出せそうな気がします。不思議です。

無理に思い出す必要も無いと思いますが、あの時ああしていればどうなってたんだろう・・という人生の分岐点だったかも知れない時点の後悔?の様なものも沢山思い出してしまいました。

内面と向き合わされる

子供の頃の私はスポーツやアウトドアが好きで活発な方でしたが、積極的に自分をさらけ出すタイプでは無く、言いたいことやらを我慢(抑制)せずに言うタイプでは無かったと思います。無意識に堪えて過ごしてた様な気がします。

もっと物怖じせずに言いたいことを言えてたなら、きっと違った人生を送っていたんだろうなとは思いますが、それを今言っても無意味ですし、それに気づいたとしてもそれが容易いことでは無いことは、今の自分に置き換えればやはり同じです。色んな経験を経て言うべきことは言えるようになっているとは思いますが、自己主張を積極的にできるかと言えばそれは今も自分のカラーではないと思います。

やはり何かしら主人公に共通するものを感じるからこそ考えさせられるのでしょう。私にとっては過去の自分自身を振り返るキッカケを無理やり思い出させてくれた作品です。そしてそれは自分の捉え方によっては、これから先の人生にも影響すると思います。非常に深い作品だと思います。

惡の華(1) (週刊少年マガジンコミックス)

惡の華(1) (週刊少年マガジンコミックス)

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