年度いっぱいで仕事を辞めて休養することにしました~体調不良でキツい一年間だった

年度いっぱいで仕事を辞めて休養することにしました~体調不良でキツい一年間だった

退職しました

8年前に高知市内の会社に就職して3年経った頃、人手不足の現場に約半年だけ補助として応援に行く様にと言われ、四万十市(中村)に単身赴任状態で行く事になりましたが、約束の半年で帰らせてもらえず、結果的にその後4年延長で働くことになっていました。全く専門外で畑違いの仕事だったので非常にキツかったこともあり、昨年の夏が過ぎた頃に、年度末(3月)が終わったら退職しますと責任者経由で退職願を出しました。

慣れない仕事で常に負荷が高く、また体調不良のこともありキツい一年間でしたが、令和3年4月~令和4年3月末までなんとか勤めを終えたので退職しました。私がやれること(義務)は精一杯やったという感じです。

引き止められはしたけど・・

毎年秋頃には来年度の希望について会社から打診がありました。以前の仕事(高知市内)に戻りたいという事を毎年要望していたのですが、その後のレスポンスはなく結局延長で同じ仕事を割り当てられました。理由は代わりの人が居ないという事でした。要望が聞き入れられない意味のない制度だなと思いました。

私も専門外の仕事を自宅から離れた場所でこれ以上続けることに限界を感じていたので、昨年度の秋には転属の希望ではなく、退職願いを出すことにしました。今思えば、退職を告げたことでようやく動きが起きた様に思います。

そして私はたくさんいるスタッフの内の1名にすぎないので、今まで適当に流されて継続して仕事をさせられていたんだなと分かりました。「辞める」という意思表示をしたことでことが動きました。

そうすると、退職ではなく高知市内の元の仕事に戻って来る様にと引き止められましたが、既に体調不良で先の事を考える余裕もないし、とにかく3月末まで勤めることで精一杯だということを説明し、体調回復のために休養したいので退職させて貰うことにしました。有給休暇の残りは37日ありましたが、有給休暇を気軽に取れる環境でもなかったので、退職により有給休暇は捨てることにしました。

他にもやってほしい仕事があるので辞めるのは考え直す様に説得されましたが、身体的にも精神的にも全く余裕がなかったのでお断りしました。

その理由として会社組織に対する不信感もあったと思います。半年の約束が4年半に延長されて、不便な生活を強いられたというのが正直な気持ちです。確実に年齢も4歳費やしてます。毎週、高知市内の自宅と四万十市の宿泊先とで行き来をし(交通費は自家用車で自腹)、無駄な二重生活を余儀なくされました。毎年元の仕事に戻りたいと要望したにも関わらず放置されたというのが不信感につながったと思います。

二重生活は実に無駄だらけ

四万十市の仕事先の部屋は、2月頃から引き上げ準備に入りました。荷物があまり載らないテリオスキッドで運ぶには回数で稼ぐしかありません。大きなものは分解して毎週徐々に持ち帰りました。かと言って生活が不便になるのでギリギリまで使いたいものは後回しです。毎週荷物を載せて自宅に持って帰るということが続きました。

生活必需品でないものは早めに持ち帰り自宅に運び込みました。趣味的なものも持って行ってたので徐々に仕事先では趣味的なことが出来なくなりました。これもストレスにつながったと思います。

3月に入ってからは本当に精神的にキツかったです。テーブルと椅子なども持ち帰って不便な生活を送らなくてはならない状態になりましたが、調理器具や食器など、生活雑貨的なものは毎日使うためギリギリまで残して計画的に持ち帰ることにしました。

持ち帰ったものを片付けしていると、かなり無駄なものを揃えていたことを再認識しました。かみさんに渡すと、「これはあるから要らないよ。捨ててもええかな?」という感じで、無駄なものを二重にあれこれ持っていたことを再認識しました。やはり二重生活は無駄だらけです。

最終日が近づくにつれて

仕事の最終日は木曜日でした。人によっては引っ越しのために有給休暇を取ると聞いたのですが、私の仕事先環境では、おいそれと有給休暇がとれる状態ではなかったので、最終日も最後まで仕事をしました。計画的に荷物を減らしましたがまだ荷物も残っています。

最もかさばるのは寝具です。最終日の早朝5時に起きて車に運び込み、持ち帰るものを静かに運んで車に載せました。まだ薄暗かったですが運んでいると徐々に日が登ってきます。最終週の食事は冷凍食品を電子レンジで解凍して食べる様に計画して、調理器具は最小限に減らしていたので、一気に車に載せて荷物を減らしました。

衣類関係を洗濯するものは前の週にすべて持ち帰ったので、最終週は汚れものはビニール袋に入れて持ち帰ることにしました。あれこれ考えを巡らせ計画的に事を進めたので、なんとかギリギリ車に全部載せることが出来ました。それでもテリオスキッドの荷室はパンパンな状態でした。

部屋を退去するために、冷蔵庫を掃除しなくてはなりません。冷凍庫の霜取りも行いました。そのためだけにサーキュレーターも残して置きました。冷蔵庫のコンセントを抜いて扉を開放しサーキュレーターで空気を送り込むと霜が溶けて除去できる様になります。自然解凍では時間がかかってどうしようもないからです。

時間的にカツカツで忙しい最終日になりましたが、すべてを終えて、会社の管理担当者に夕方来てもらい部屋の明け渡しを確認してもらいました。電気・ガス・水道は4月1日に解約の連絡済なので、ガスの元栓、電気のブレーカーを落として退室します。合鍵などを渡して一緒に部屋を出ました。

荷物が多かった

お世話になった人達に最終の挨拶をして(主に電話)、四万十市を離れることにします。帰る途中で事故などを起こすと洒落にならないので、満積載なこともあり慎重に運転して自宅に引き上げました。

自宅に着いてからかみさんに手伝って貰いながら荷物を自宅に運び込みます。嫌になるほど荷物が多かったです。最終日は最小限の荷物だけにする様にかなり減らしていたのに・・

やはり自宅と二重の荷物が多くて、かみさんから「これは要らないから捨てる」という反応が帰ってきました。職場で使うものも無駄が多かったですが、転職先で使うかもしれないので置いておきます。一気に自宅が荷物だらけになりました。

退職手続き

翌日の4月1日は金曜日でした。会社に返却するものを持って総務担当者に会いに行きます。朝連絡をしてアポをとり、午後に来て欲しいというので応じることにしました。

  • 健康保険証(自分のと、かみさんの)
  • 社員証(社章)
  • 名刺
  • 社給品(制服、ヘルメット、安全靴、雨合羽など)

これらを持って退職手続きのために会社へ出向きました。制服(作業着)はかなり着込んでボロボロになっているので、状態の悪いものは破棄してくださいと言われました。一応クリーニングに出して返却するつもりだったのでクリーニング代が浮きました。未開封の作業着はそのまま返却しました。

経理担当者から、最後の給与明細(振込)と、離職票などは郵送でなされる事の説明を受けました。何年かぶりに本社を訪れたので、顔ぶれがかなり変わっていることに驚きました。知っている人が半分位しか残ってない・・

手続きが終了したので、知っている人に挨拶してから帰ることにしました。「休養したらまた戻っておいで」みたいな半分冗談な事を言われたりして会話をして来ました。皆とは仲良くしていたのでちょっと残念でしたが、早く肩の荷を降ろして精神的に楽にならないと潰れてしまいますから、すっぱりと退職する事を選びました。実際、手続きを終えたらかなり安堵の気持ちで楽になりました。

10日の休養でかなり回復

精神的な重荷がなくなったので、フリーになって休んでいると日に日に体調が回復して来ることを実感できます。まず睡眠が大きく違いました。昨年度の4月から3月末の約1年間、全く眠れない日がしょっちゅうでしたし、1時間おきに目が覚めたりと言う日がずっと続いていました。朝まで熟睡なんて出来ない状態でした。

退職してからまだ10日ですが、睡眠が改善して今日は朝6時まで爆睡しました。

やはり残っていた有給休暇を使って休みを取るとかの中途半端な選択をしなくて正解だったんじゃないかなと思います。退職して荷物をすべて降ろさないと精神的に負荷が取れないということは、過去の経験から学習しています。ここらへんは自分の性格的な要素が大きいと思います。

また、私は喫煙を趣味としていますが、ここ一年間はたばこが美味いと感じたことがありません。そもそもたばこの味(旨味)が感じられなくなっています。おそらく精神的なストレスによる味覚障害が生じていると思います。それも徐々に回復して来て、たばこの銘柄による違いも感じ取れる様に回復しつつあります。

今後の転職活動

さて、このまま家でゆっくりしてられる優雅な生活は送れません。生活して行くには生活費を稼がないと生きて行けないので、仕事を再開する準備をしなくてはなりません。年金生活はまだ先の話ですし年金だけで生活なんか無理ですからね。

過去、大阪に住んでいた頃は、友人のツテを使ってギブアンドテイクで個人事業をやっていた事もありますが、高知市に帰ってきてからの人脈は辞めた会社関係と親戚位しかありません。ですから個人事業でやるにはかなり厳しいです。現実的なところどこかの会社に再就職することになりそうです。

自分の時間が全く無い仕事を経験し、体調も悪化させた経験から、転職先はあまり残業が無いところが良いなと思っています。自分の時間が取れる環境なら副業を楽しみながらしてみたりして、補助的な収入を得ることも可能だと思うので、直接的な給与が少なくても充実した生活を送れる方が健全だと思っています。

やっぱり仕事は好きな職種で楽しくやりたいと思っています。そういう会社への転職が叶えば今まで4年半無駄にして来た分を取り戻せるかなと思っています。歳は間違いなく無駄に食ってしまいましたけどね。畑違いな業界で苦労しながら働いてきましたが、貴重な経験は間違いなく積むことが出来たので、前向きに良い転職先を探そうと思います。

そろそろ本格的に求職活動開始です。ハローワークの検索サービスである程度のニーズがあることはリサーチ済ですが、とりあえずハローワークに相談に行ってみます。さてどんな仕事が見つかるかな?

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